椹沢地区紹介
 
椹沢橋(くぬぎざわ西)
 
  平成4年撮影の椹沢橋。左手奥はJA協同の杜、現在は協同の杜も周囲に樹木が育ち様子が変わってしまっ た。
 かって、下椹沢から大曽根地区下反田間を結ぶ、市道西線の須川に架かっていた木造橋。後年老朽化により凸凹ができたり、穴が開き川面が見えたりして、通行に不安を抱かせたが、山形市への通勤通学や山形市から大曽根地区などへ行く橋として使用され、山形交通のバスも通行した。
 椹沢村民の畑の多くは須川東岸の字前川原(カラマエと称した。)にあったが、西岸の字向川原にもあったことから、農作業の仮橋として架けられたのが始まりとされ、農道が主要道に格上げされ、昭和8年に立派な橋が架けられた。
 椹沢村村勢一覧に、その橋は、「昭和23年の9月15、16日の大豪雨水のため流失せるため昭和24年8月に総工費96万8千円を以て株式会社有地組に請負せ、仝年9月30日に落成し東村山郡大曽根村との交通誠に便利よろしきを得た。」と記されている。(大曽根村負担金は、40万円)
 復旧された後も、洪水の度に冠水し、欄干が破壊されたり、流失の危機に見舞われた。
写真の橋は、昭和58年に大規模改修されたものである。
 椹沢橋の架け替えについて、昭和61年に椹沢橋の約200m下流付近に着工され、平成5年に完成し、反田橋と名づけられた。
 椹沢地区では、反田橋の通行は回り道となるため、椹沢橋の存続を望んだが、叶わず椹沢橋はまもなく撤去された。
 椹沢橋の欄干は、旧椹沢コミュニティセンター南側の運動広場のフェンスに固定され保存されていたが、平成29年、椹沢コミュニティセンターの建替用地となるため撤去された。
 現在は国の河川改修や護岸工事が進み、さらに山形市の中央インター産業団地が整備されたこともあり、すっかり様変わりして、どこに椹沢橋が架かっていたのか分からなくなってしまった。
 平成12年から一帯は、8月14日に開催される、山形花火大会の会場となり、大いににぎわっている。


 
参考文献
  山形市史 資料編4 市・村合併資料
昭和27年度
「椹沢村村勢一覧」椹沢村
山形新聞「山形橋物語須川編第1部[6]反田橋」平成20年3月10日掲載
椹沢郷土史研究会編「ふるさとの地名今昔」昭和61年
西原自治会編「西原30年のあゆみ」平成13年
                             
 
 
 
 
 
 
 
      凸凹した橋の様子                    橋の欄干    
                
   
   
   
   
   
   
   
  ありし日の椹沢橋           椹沢橋が架かっていた辺りから反田橋を望む 
   


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