シリーズ飯塚の歴史E 志鎌集落の名字考
飯塚町郷土史研究会 小山忠一 
5月の中頃、推名電機店の奥様から「聞きたいことがあるので店に来て下さい。」と言われました。
伺ってみると、聞きたいこととは名字のことでした。
仙台市にお住まいで小学6年生のお孫さんが、先生から「推名さんの名字は、なぜ”推名”になったのですか?」と聞かれたのだそうです。
お孫さんは何の事だかわからず、飯塚に住んでいる自分のおばあさんに電話で尋ねてきたのですが、奥様もすぐには答えられなかったため、私を呼んだとのことでした。
この名字の問題は私も時々聞いておりました。
口伝によれば、誰かがこどもの戸籍を届け出る時に、”椎名”(きへん)を”推名”(てへん)としてしまったのではないかとのことです。
志鎌の愛染堂の中を拝観させて戴いた時、堂の周りに張られる紫の幕に寄進した15〜6人の女性の名が染め抜かれてありましたが、姓は全部”椎名”でした。
まちがった名字のままではいやだということで、当時の推名家の方が何度も法務局に足を運んだらしいのですが、訂正してもらえず現在に至ると聞いております。
     
 
@ 飯塚のナゾの板碑 G 飯塚町の熊野権現堂
A 八郎右ェ門堰と樋越し(とよこし) H 飯塚山楊柳寺
B 昔の耕地の字名 I 中の江の薬師様
C 飯塚村の大火 J 下飯塚の薬師様
D 飯塚町の庚申(こうしん)様信仰 K 飯塚の千度参り
E 志鎌集落の名字考 L 飯塚村の「はやり餅」
F 盗まれた地蔵さんの首